汚部屋とカウンセラーと私
みなさんは片付け好きですか。
私は嫌いです(笑)
理由は簡単です。うまくできないから。
部屋を与えられた時から、記憶に残る限り私の部屋が美しかったことは30日はないだろう自信ありありです。
私のアパートの部屋は、今はやり(?)の汚部屋であります。
片付けてもすぐリバウンドするのです。
そんな私が片付け心理カウンセラーになるのだと決めて、今このように情報を発信しようと日々パソコンに向かう日が来ようとは、人生とは面白いものです。
逃げるが勝ち
さて、片付けてもすぐ汚部屋に戻ることは、半世紀を超えてもまだ生きている私の人生の中ではさほど重要な問題ではありませんでした。そんなことよりも、私の人生にはもっと困難で、苦痛で、納得できないことが山積みだったからです。
そのうちに汚い部屋に見慣れ、汚部屋がデフォルトになり、自分の部屋だから困るのは自分だけだと諦め、他人に迷惑をかけているわけではないからいいと悟りの境地にまで至りました。
実家暮らしでは母親にちくちく苦言を呈されましたが、仕事の忙しさを言い訳に、友人を部屋に迎えるような珍しいイベント以外、私は片付けるということから潔く撤退しました。
まあ、それで実際何とかなりましたし、嫌なことからは目を背けたいものですよね。
一人暮らしをすることになり8年目ですが、日々の生活の中で、片付けは私の優先順位のかなり最下層でした。
片付けをするよりもしたいこと、しなければならないものがたくさんあるのに、わざわざ嫌いなことを率先してやる必要などないわけです。
こうして私の「嫌なことからは逃げるか切羽詰まるまで先延ばし」という癖は年月とともに強固に、さらに堅固になっていったのですが、それによってさまざまな支障が起こるようになってしまったのです。
逃げたことによって私が失ったもの
ずばり、仕事です。
片付けができなくても、仕事はできました。
例え職場の机が汚かろうと、狭いスペースでも仕事ができることが寧ろ自慢でした。
チャレンジャー体質だったために、とにかくよいと思ったことは何でも試し、いいなら続け、だめなら変える、を繰り返し、幸運にも若くして師とも言える野口芳宏先生と出会い、先生の指導法を試しながら自分なりの指導法を確立し、子供も私も楽しい学級を作ることを目指して、もともと先生という仕事が嫌いだった私が天職だと思えるほどに充実しておりました。
経験を積んでいい年になり、楽になるだろうと思っていたのになぜか増え続け終わらない仕事も、納得のいかない仕事量に対するストレスも、何とか趣味で乗り切り、過酷な職務を遂行しておりましたが、こなしてもこなしても次々とやってくる仕事に、さらに休んでいる人の仕事まで入ってくる状況に、体がついていけなくなりました。
私が仕事でできなくなったこと
- 職員室と教室の自分の机がめちゃめちゃになって片付けができなくなった
- 朝起きれなくなり、遅刻ギリギリになった
- その日のうちに、安心して早く退勤することができなくなった
- 取り掛かりが締め切りにぎりぎり間に合うところまで延び、ようやく取り掛かっても、タスクをこなすスピードの遅延とケアレスミスが著しくなった
- 文書ソフトの変更により、PC作業が苦痛になった
数え上げたらきりがないので、手痛い失敗だと感じたものを5つあげてみました。
1は、机の上にとにかくおいていき積み重ねる、そこがたまったら置ける場所を広げてスペースを埋めていき、結果必要な時に必要なものを探せなくなるので、常にものを探します。
まあ、書類が探せないので〆切がせまるものなどは隣の席の整頓上手な仕事のできる主任や同僚、パソコンの案件のフォルダから文書を再印刷・コピーさせてもらい乗り切りました。
自分の教室では、まず教師用の教科書が探せない、ドリルの答えが探せない、赤ペンが探せないなど、ありとあらゆるものを探せないので、しまいには子供達が「先生、それは○○にあるよ」「さっき○○で見たよ」「自分のを貸してあげる」と助けられることに。
今でも子供達には感謝の念に耐えません。
出来の悪い師を持つと、教え子は気の利く子になるという反面教師の鑑のような所業でありました(笑)
2は、悪夢を見ることが多く、もちろんそれは学校関係のこと。目覚めて一番に思うことは「学校に行きたくない」でした。
別に遅刻ギリギリまで寝ているのではありません。起きてはいるのですが、まず、体が動かない、動けない、朝食を食べないくせに朝の身支度のスピードが激減、なのにスマホでメールチェックの現実逃避。車に乗り込めば信号に停められることにイライラし、ぎりぎりに職員室に入り、子供達のいる教室へーー
3は、授業する以外に、先生という仕事は雑務が多く、まあいろいろなことをせねばならんのですが常に2・3重複するようなノルマ・〆切を抱えていました。
その日の授業の準備はデフォルト、テストの採点、集計、週案の作成、学級会計、学校行事、学年行事、校内研究・研修、参観日、面談、訓練、職員会議、分掌ごとの話し合い、行事ごとの反省会(飲み会)の担当など学期ごと、月ごと、週ごと、1日ごと、1単位時間(45分)ごとと、決めごとややらねばならぬタスクが多く、子供が帰ってから取り掛かってもすぐに終わって定時に帰れるといったことはほとんどなく、1つ終わってもまだ次の〆切が容赦なく迫ってくるために、半ば強迫観念にとらわれながら常に次の仕事を学年主任や先生方と確認していました。
運良く終わっても、誰も定時に帰らない(帰れない)ため、最初の一人になるのに引け目を感じ、そこからさらに30分~1時間残業し、声高に帰る理由を述べるか最初の一人が帰ってから誰かと示し合わせてから帰るといった手法をとっていました。(※あくまで私個人の思いで、全員がこのようにしていたのではありません。)
4の最たるものは通信票の下書きです。
手書きだった時と比べ、今はパソコンで楽に全員分を作成できます。下書きは上司のチェックを必ず受けるので、成績に関してと所見に関しての一覧のチェックを受けるのですが、成績の評価を出すためには、その前に学級全員分の各教科の単元ごとのテストが終わっていなければならず、さらにテストの集計が終わっていなければならないのです。テストのない技能教科は作った作品、または実技テストの集計結果、日々の様子の記録などありとあらゆる資料を準備してから挑まねばなりません。
日々の記録をその都度つけてできる分の評価はやっておかないとこの資料準備で泣きをみることになり、休んだ子の分の評価をうっかりし忘れると個別評価ならまだしも全体評価がさらに遅くなります。
〆切がきて無事に出しても、チェックを受けて駄目だとまたやりなおし、幸い年期と場数をこなしてきたため、所見などの文章を書くのには自信があるのですが、普段からぎりぎりのスケジュールで仕事をこなしていれば、こういう学期に一度の決算のような非日常の仕事は、ぎりぎりのやっつけ仕事に等しくなり、取り掛かりが遅れます。成績評価をすると細かいところの矛盾・確認ミス、所見での誤字・脱字などのケアレスミスが激増することになりました。
5は、一番私をイラつかせることになりました。
まだ世にワープロが普及し学校で個人のパソコンが使えていた時代、パソコンを使った仕事初心者の私は、当然上司に仕事の仕方を教わらねばなりませんでしたが、その時の上司は、「一太郎」のプロだったのでありました。「一太郎」は日本人のための「Word」と並ぶ文章作成ソフトで、当時私が所属していた管内の学校では、「一太郎」派が優勢、「Word」派が劣勢だったわけであります。上司の教えの元、「一太郎」を使いこなせるようになった私は、それからの文書作成はほとんど一太郎で作成し、印刷、提出していました。
それなのに、ああそれなのに、それなのに。
2025年、7月に教育委員会は、新しい校務用パソコンに切り替える際に、公務文書は「Word」に統一するよう通達を出したのでありました。もちろん、「一太郎」の使用が禁止されたということではありません。ですが、当時から「一太郎」派だった私達には、新しい自分の校務用パソコンに「一太郎」をインストールすることはできない、と言われることは残業確定事項だったのです。
「一太郎」でなら簡単にできることが、「Word」ではできる人から操作方法を教わらねば進まなくなり、2倍の時間がかかるようになりました。
他の小学校では、「一太郎」を使いたい先生にインストールしてくれるというところもあったのですが、生憎私のその時勤務していた小学校は予算の都合とやらで購入してもらえず、学校に2台残しておくので、使いたい人はそれを使うようにとの情け容赦のない所業でした。
現在私の住んでいる管内の学校は校内LANを組んでいて、パソコンは1人に1台支給、情報を盗まれたり漏らしたりせぬように学校現場でしか使えないように設定されてあります。これにより、学校の自宅のパソコンで学級通信を作成したり、通信票の下書きを作って残業を回避したりすること、自分のスマホやカメラで写した写真や音楽、資料を学校のパソコンに取り込むということがほぼ不可能になりました。もちろん、ほぼですので、できることはできますが、そのための手続きややり方がめちゃめちゃ手間がかかるため、やりたくない仕事になったのです。
この「別のものならすぐできるのに、わざわざ効率の悪いことを時間と手間をかけて嫌々しなければならない」というお役所仕事が多大なストレスとなり、体調不良をさらに悪化させ、ついには私に仕事をやめさせることとなったのです。
私が生活の中でできなくなったこと
- 夕飯の支度と後片付けができなくなった
- 食材を使い切ることが困難になった
- 床への直置きを止められず、またいで移動しかできなくなった
- 早寝ができなくなった
- 寝落ちがデフォルトで、寝室で寝れず、テレビや照明などの電気を消せなくなった
1は私の健康管理と汚部屋には致命的でした。
私は一日二食です。朝ご飯は食べません。もともと朝起きてすぐにご飯を食べるのは苦痛でした。体のためだからと言われ、子供時代は食べていましたが、大人になり、様々なダイエットや健康法を試し、行きついたのが16時間断食法でした。
これは食事の時間を16時間ほど開けることによって食べる量を減らし、消化管を休めることでオートファジー(細胞の浄化・リサイクル)も狙える一石二鳥、朝ご飯の支度をしなくてもいいという一石三鳥なものでした。
お昼はおいしい給食を子供達と食べ、残りは自炊夕食の1回のみという、家で家事をする時間が惜しい私にはまさに理想的でした。
一人暮らしを始めたころは、体調も仕事も乗りに乗って生きること、働くことが楽しく、充実しておりました。
しかし、過酷なストレスに晒され、残業で帰る時刻が遅くなればなるほど夕飯を作ることが億劫になり、早く帰った時でさえスマホで現実逃避している間に時は過ぎ、寝る4時間前にものは食べないという自身に課したマイルールを言い訳にご飯を作るという面倒くさい作業をしなくなりました。
これではいかんと作って食べた後は、片付けることなくまたスマホに戻って現実逃避、そのまま寝落ち、となりました。
2は1と連動し、生協で買った食材がとにかく余るフードロスが増えたことです。
作らないのだから当然です。
野菜はとりあえず冷蔵庫、肉は冷凍庫。冷蔵庫で腐っていくもの多数。冷凍庫は満杯ですでに入らない。解凍してもそれを待っている間に忘れ、思い出したころには時は過ぎ、夜中の1時過ぎ、食べる時刻ではない、とりあえず冷蔵庫へという負のループが続くことになりました。
3では、帰ったらすぐ床置きがエスカレートです。
玄関、リビング、洗面所、キッチン、寝室にありとあらゆるものを置きました。バッグ、上着、服、本、漫画、CD、DVD、推しグッズ、仕事の書類、郵便物、食材、食器、キッチングッズ、安眠グッズ、美容グッズ、防寒グッズ、暑さ対策グッズ、通販の段ボール、ごみ箱に入れないゴミ、あっという間に床の表面積が見えなくなり、足の踏み場がなくなりました。
踏み場はなくなっても中に入らねばならんので、紙類は容赦なく踏みつけ、踏めないものは跨いで越えていきます。
常にアスレチックのようにものを越えながらの移動なので、常に慎重に歩きます。そうでないと踏んで壊れるものが続出だからです。
CDのケースなどのプラスチック類は真っ先に被害者となりました。
4も致命的でした。
多趣味な私には基本仕事が終わってからが自分時間です。
押しのCDを聞きながら車を運転してアパートへ戻り、帰ったら夕飯の支度に30分から1時間、撮りためた中国と韓国のドラマ等テレビ番組を1.3倍速で2~3本見ながらご飯を食べ、同時進行でゲームを隙間時間にしながら、スマホで読書をしなくてはなりません。
人間に与えられた時間は平等に24時間ですが、私が自分のために使える時間を捻出するには、必然的に睡眠時間を削ることになります。
できるだけ11時には寝たいところですが、帰る時間が遅ければ遅いほど予定はずれ込み、たまに早く帰れても、時間がもったいないと11時に寝ることはほとんどなくなり、疲れからドラマを見ている最中に寝落ち、起きたら夜中の2時すぎ、その後に食器をシンクへ置いただけで寝る準備をし、終わったころには眠気はどこかに吹っ飛び、眠れなくなります。
眠れずとも横になって目をつむり、体を休めればいいのに、ここでもったいない根性が発揮され、眠れないのなら眠らずに何かをしたくなるのです。
5は、そんなこんなでもったいないから起きて何かをしようとまたスマホやパソコンに向かい、眠気が来たところでまたリビングのソファベッドで寝落ちる、の日々でした。
こうなるとリモコンがあるにもかかわらず、灯りを消さずに寝落ちるため、帰ってきてから夜中の2時過ぎまで照明、エアコン、テレビはつきっぱなしの日々です。
途中テレビだけは自動で1時間操作しないと消灯するよう設定したのですが、(それまでは2時間)月の電気代が爆上がりすることになりました。特に寒さの厳しくなる冬の電気代は前年度の記録を毎月更新してしまうので、今年は電気ストーブをつけるのをやめて、防寒グッズが増えることになりました。
因みに片付けられないものを取り合えず寝室に押し込めたため、部屋に入ることができず、すでに3年ほど、ほとんど寝室で寝ていません(笑)
仕事をやめる
激務の果てに、身も心も仕事に対する意欲をなくした私は、任期途中で仕事を辞めることを決意しました。
といっても、最初は、「このままでは病んでしまうのでそうなる前に休んで、2か月ほどゆっくりして、勤務先を変えてまた頑張って働こう」と思っていました。
30年以上を教育現場で働いてきたので一番上手にできるのはこれ以外にないと思い込んでいたし、自分が受け持ったかわいい子供達と仲良く楽しく過ごしていたし、激務だろうが残業も多かろうが充実していたことも事実です。
コロナ禍によって教師の負担が増になり、教育課程が崩れ、立て直せないまま仕事量だけが爆上がっていく中で働き方改革もほとんど進まず、「働けど働けど我が仕事楽にならざり、じっとPCと格闘する」ことさえなかったら、今も私はそのまま令和9年まで前の職場で働いて、それなりにお金を稼ぎ、同僚の先生と仕事の愚痴を言いながら、充実した日々を送っていたことでしょう。
暗中模索
2024年の10月のとある出来事から、私は仕事を辞めることを決意し、教頭・校長に告げ、12月の臨時講師の来年度採用希望に5月までの2か月間休むことを記入し、冬休みに入って日直担当してからインフル(もしかしてコロナだったのかも?)にかかり、汚部屋の中で苦しんでいた時、それでもみていたYouTubeの片付け動画の中で、ふと見つけた片付けの無料メルマガに2つほど登録していました。
その頃の私の物事の解決方法は、グーグル先生に聞くか、YouTubeのリール動画中から見たできそうなものをロングの動画で見直し、できそうなら片っ端から試していくというものでした。辞めると決めて、ある程度のストレスから解放された私に残る最大の課題は、片付けでした。
平日片付けができないのは当然ですが、休みでも片付ける気力すらわかない、片付けなくても死にはしないと諦め、しかし片付けないと学校の荷物もある、このままでは部屋に持って帰ってくるしかない、入るわけがない、必然的に片付けるしかない、そのためには片付けるという気力を奮い立たさねばならない、YouTubeの片付け動画を見るしかない、といった思考の流れになったのです。
その過程で無料のメルマガに登録しましたが、2つのうちの一つのメルマガですが、文章の形態がが、その時の私のフィーリングにマッチしませんでした。
内容がどうこうよりも、書き方が直感的に受け入れられずに、文章を読んでも内容が素直に入ってこずに常にもやもやするのです。メールを読むたびにもやもやはだんだんイライラに変わり、ついには、私はこの人とは根本的に合わないんだとそっと配信停止しました。
これは私には驚きの体験でした。
こんなにも文章一つによって、心に入らない、受け入れられないものがあるんだと。
まあ、その時の私の精神状態を考えれば無理もないような気もしますが、取り合えずなんでも素直に試してみる私にしては、なぜこの人の書いていることが素直に受け入れられないんだろうとすごく疑問に思いました。
職業柄、私は比較的何でも受け入れるほうです。
公的には、どんな状況にあっても耐え抜き、その範囲内でできる最善のことをするのは、息をするのと同じくらい当たり前のことでした。
その逆で、私的には趣味など好きなものへのこだわりが半端ないほど発揮され、自分の心の琴線に触れないものには全くと言っていいほど興味も関心も湧きません。
だから、この片付けという行為は、私の心と深く関わっているんだと漠然と感じていました。
こうして残ったのが、もう一つのメルマガでした。
おむらちもさんとの出会い
私が登録したもう一つの無料のメルマガは、おむらちもさんという片付け心理カウンセラーのものでした。
ちもさんのメルマガは、それまでどの片付けについて調べたことにも書かれていなかったことが(単に私の検索にヒットしなかったかもしれませんが)書いてありました。
『心の土台が整っていないと、どんなに片付けの技術やノウハウを学んでもうまくいかない。
片付けだけでなくダイエットや勉強もそう。すぐにリバウンドしてしまう。
逆に、心の土台が整いさえすれば、物事は何でもうまくいく』
この内容が、私の心の琴線に触れたのです。
メルマガを読み進めることで、私はこの「まず自分の心を整えるということ」が今の自分に必要なんじゃないかという思いを強めました。
私はなぜ部屋を片付けられないのか。
なぜ片付ける気力を持てないのか。
どんな心の作用が私に片付けをさせないのか。
私の心はどうなっているのか。
その頃の自分は、片付けだけでなく、いろいろなことに問題を抱えていて、頑張っても満たされず、頑張る気力を失っては、もう一度挑戦するを繰り返し、常に疲弊し空回っているような気がしていました。
だから、正直メルマガを読んで淡い期待を抱いても、どうせ何も変わらない、過度な期待は持たないことにしようと最初の内は思っていました。
そんな中、ちもさんの書籍「不思議なくらい部屋が片付く魔法の言葉」が発売され、アマゾン購入の特典につられて本を購入しました。
そして、無料体験会に参加し、悩んだ末に、新しいことを始めようとちもさんの「癒しのお片付け講座」を4月から9月までの6か月、受けることにしました。
ちょうど受け持った子供達が2年生になり、来年は3年生になるのでクラス替えがあります。
私は1,2年生を指導するのが最も得意とするところなので、きりのいいところで退職を決意したと思いました。
4月から始めたお片付け講座は、私にそれまでの自分の思い込み、偏ったセルフイメージに気づかせてくれました。そして、新しい仲間、新しい見方、考え方、習慣、片付けに対する期待を持たせてくれました。
心を整えることで、汚部屋だった部屋を片付ける楽しみを知り、習慣化に取り組み、私はアパートを少しずつ片付けることができるようになりました。
とはいえ、汚部屋歴40年以上の私が6か月で瞬く間に片付けられるようになったわけではありません。
6か月でかろうじてキッチンと洗面所を片付け、掃除の習慣化が1つでき、片付けという行為に抵抗がなくなってきました。
そこで、私はさらに6か月のアドバンスコースで、カウンセリングについて学ぶことにしました。
セルフカウンセリング
カウンセリングを学ぶことは、私の片付けをさらに加速させていきました。
大嫌いだったトイレ掃除を新たに毎日の習慣に取り入れ、玄関を清潔に保つことができるようになりました。
リビングを片付けて長い付き合いの友達をアパートに読んでお茶をしながら楽しくおしゃべりしたり、おやつを食べたりができるようになりました。
残すところは寝室のみとなり、ラスボス級の難関で、未だに挑戦できていませんが、私の片付けが着実に進んでいるのが実感できて、本当にうれしく思います。
正直、片付けてもやはり今もリバウンドします。
全体的に物の量が多すぎるので、置き場所に困り、定位置も決まらないものが多くすぐに乱れるのです。
毎日トイレ掃除をしていて悟ったことがあります。
片付けというのは、毎日するものなんだなということです。
それまでの私は漠然とですが、きちんときれいな部屋になったら、もう片付けはしなくてもいいのだと思い込んでいたのです。
ですが、現実問題として、毎日髪は抜けるし、毎日ごみは出るし、床の直置きは直らないし、毎日トイレの床を拭いてもうっすらお掃除シートは汚れるのです。
ホテルの部屋だって毎回清掃が入って、あの整然とした状態が保たれているのですから当然ですよね。ですが、私はそのことを今初めてきちんと実感し、だからこそ掃除を習慣化するということが大切なんだと理解しました。
未だ汚部屋を脱却できない私ですが、片付けに対する抵抗をある程度克服できたことで、心の土台が整いつつある中で、セルフカウンセリングをすすめ、さらに講座のワークシェアでカウンセリングの練習をしたことにより、カウンセラーとして働きたいという思いが沸き上がってきました。
発展途上的心理カウンセラー
教育現場で働く中、スクールカウンセラーさんと関わることもあり、自分も「教育相談」という形でカウンセラーのように子供のお悩み相談をしたり、保護者の方との面談で相談を受けアドバイスしたりすることもありました。
自分のこれまでの経験を活かして誰かの悩みを軽くしたり、楽に片付けしたりできたら、それを自分の仕事にできたらいいなと、今このブログを整えています。
初めはやはり不安だらけでした。
部屋も片付けられない私が片付け心理カウンセラーになるなんてできるわけない。
教育現場でしか働いたことのない私が、この歳で新しいことができるわけない。
お給料もいい講師に戻れば、我慢すれば、安定した生活に戻れるじゃない。
そんなネガティブな考えがぐるぐるしたり、せっかく戻った体調もまた悪くなったり、葛藤が続きました。
ですが、そんな私を励ましてくれたのがおむらちもさんと講座で私と同じ悩みを抱えている講座仲間でした。
同じ悩みを抱えながらそれを克服したちもさん、ちもさんの講座を通して同じ悩みを克服しようと頑張っているみんなと勉強し、思いをシェアすることで、本来持っていたチャレンジャー魂が目覚め、まだ試していないことを不安がるより、今までのように挑戦して、失敗したらどうやったらできるか別の方法を試して、できるまでやってみようと思えるようになりました。
残された課題は汚部屋だけではなくたくさんありますが、今は、私自身もクライアントさんと一緒に片付けや色々な悩みを解消していけばいいんじゃないかなと思っています。
一人でできないことも、一人でできないからこそ、クライアントさんと一緒に悩んだり、片付けたりを試していきながら、ありのままの自分でハッピーLifeを送るために進んでいく、そんな発展途上なカウンセラーがいてもいいんじゃないかなと。

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