片付けへの道 トイレから始まる、やさしい再生の記録

つれづれ
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Official髭男dism  アポトーシス(Acappella cover. )

※Apoptosisー細胞の自然死

トイレ掃除の習慣化

 

トイレ掃除、嫌いでした(笑)

 

っていうか、トイレ掃除って嫌いな人いっぱいいますよね?
私だけじゃないですよね?

片付けが苦手な私は、もちろん掃除も苦手でした。
自分の部屋を片付けないということは、掃除もしないということですから。

やりもしないものが上達するはずもないのが世の常人の常この世の真理と言えましょう。

そんな私でも、学校では必ず掃除がありますし、学校の清掃担当になったこともありますから、自分が担当する各教室の掃除は監督も含めてきちんとやりました。

トイレ掃除も清掃範囲に含まれることもありましたが、幸いにもそちらは高学年が担当なので私は最後のチェックをするのみでした。

少ない人数でどのように段取りしたら20分という短い時間で教室の清掃を終えて、他の清掃場所の監督をするか日々格闘していたのは今となっては懐かしい思い出です。

勿論、自分の職場と教室の担任用机は壊滅的に片付かなかったけれども、それもまた今となってはいい思い出です♡

 

そんな私がですよ。
毎日朝トイレ掃除をしているんです。

掃除の習慣化に成功したわけですよ。むふふ。

 

あんなに嫌いだったトイレ掃除が嘘のようにできるようになり、むしろしないと落ち着かなくなるという。

恐るべし、習慣の力!

習慣化に成功すると、掃除が嫌いな人間でも苦も無く掃除ができるようになるんですよ。

みなさん、習慣化したくなりませんか?

心の土台を整えてから、少しずつ習慣化に取り組むと、こんな劇的な変化がやがて必ず訪れます。

では、これから、私がなぜにめちゃくちゃ嫌いだったトイレ掃除ができるようになったのか、どのように習慣化に取り組んだのかをお伝えしていこうと思います。

 

私がトイレ掃除を嫌いだった理由

そもそも、私は何でトイレ掃除が嫌いなのか。

そんなん、嫌いなもんは嫌いなんだよと言ってしまえばそれまでですが、つい先日、私はその問いの答えを見つけてしまったのです。

これは心の土台を整え中のカウンセリング仲間のグループLINEによって気づくことになったのですが、気づかされた時の衝撃たるや、朝から一瞬だけ号泣してしまいました。

でも、おかげで長年の胸のつかえがとれ、楽になれて、本当に良かった出来事の1つです。

 

15年前の3月11日、私は本州最北県の最北村のとある小学校に勤務しておりました。

その日は夜に年度末の解散会としてすぐ近くの温泉街での飲みがあったので、お酒を飲む気満々の教頭先生を助手席に乗せて市内から45分のマイカー出勤をしたことが記憶に残っておりますよ。

産休・育休代理だったので、当然そこに居残れると思っていたのに、なぜか追い出されることになった私を不憫に思った教頭が「(教育)事務所に話をするよ」と車中で言ってくれたのが懐かしいです。多分それどころじゃなくなって実現しなかったと思いますが。

何事もなく授業を終え、小さな学校だったために1年生から6年生までで30人ほどの全校児童がバカでかい体育館でこじんまりと児童総会を開いて、話し合いをしている時でした。

突然の地震。

いつもの避難訓練の通り、体育館の玄関から外に避難する私達。

第1波はちょっと大きな揺れ。

3月とはいえかなりな坂の上、山の途中の学校は雪どけが近くとも寒く、ちらほら舞う名残雪の中、耐え切れずに体育館に戻って話し合いの続きを再開。

直後の第2波。

最初よりも大きくて長い揺れに、もう一度外に避難する私達。
その時点で、すでに何かがおかしいと思い始める教頭と校長。

小学校はいざという時の地域の避難所で、断続的に続く余震に私達は体育館ではなく校舎に避難。
校長と教頭が状況を確認する間に、子供達と待機。

これまでの地震とは何かが違うと感じながらも、陸の孤島ならぬ孤山で、子供達が帰る温泉街の様子もわからず、固定電話も携帯電話もつながりにくい状況。

帰宅時刻になっても帰れない子供達。
海沿いの温泉街。

市内に戻る海沿いの唯一の道路は津波のために峠の手前で閉鎖され、私達はこのまま小学校に残ることになりました。

帰れると思って村内から市内へ向かった他の学校の職員や諸々の人達は車の中で来るかも来ないかもしれない津波に怯えて夜を過ごしたそうです。

あれよあれよという間の大きな地震に電気が止まり、水が出なくなり、急遽避難所として地域の住民が小学校の体育館に続々と押し寄せ、私達職員は子供だけでなく保護者を含めた地域住民の避難へのお世話にかり出されました。

備蓄の毛布・水・保存食の準備。
保存食を家庭科室に運び、お湯を沸かしてかければすぐ食べられる非常食の調理。
できたご飯は子供達がお手伝いで体育館に運びました。
プロパンガスのありがたみを思い知った夕飯。
温かな非常食のわかめご飯は不謹慎にもとても美味しく感じました。

食事が終わり、子供達が体育館で毛布をかぶりながら他愛もないおしゃべりをするのにつきあいました。子供にとっては、学校の敷地内から出ていないので、被害の状況もわからず、珍しく大きな地震が来た、楽しく学校にみんなでお泊りするぞ、というような感覚だったのかもしれません。

でも、疲れた大人達のような表情はなく、泣いたり喚いたりしないその明るさが救いでした。

寝る時刻ともなり、そろそろと職員室に戻ると、残っていた校長は校長室で、少ない職員の何人かは車のエンジンをかけて暖をとる、充電するなどしておりました。

職員室の窓から見る空はいつもより星の数が多く、美しかったです。

毛布にくるまり、職員室の椅子に正座して、寒さに何度も目を覚まして一夜を明かしました。

正座して眠ったことも災いして、体の痛みで目覚めた私ですが、幸いにも朝は役場の職員さんができたてのおにぎりと温かい豚汁を準備して学校まで来てくれて、プラス保存食という豪華な朝食をいただき、食べ終わった後は、今度は電気が復旧し、施設の全てが使えるようになり、携帯が通じるようになり、あれよあれよと地域住民も子供達も帰路に就き、私達職員もお役御免になりました。

校長教頭は事後処理のため、学校に残り、私達職員も無事家に帰ることとなったのですーー

 

 

 

 

 

 

ちょっと待て。

 

 

トイレの話はどうなった?

 

 

そう、長い前置きの中、一度もトイレの話はでませんでしたね。

それは、私が記憶の底に封じ込めたいトラウマだったからです。

もともと私はトイレに行く回数は多くありません。

学級担任をしているうちに「トイレストレス」なるものにかかり、朝家でトイレを済ませたら、子供達が帰るまで行かない、ひどいときは家に帰るまで全くもよおさないという体質になりました。

めっちゃトイレが近い人に比べれば長時間勤務に支障のない素敵なストレスで都合がいいと思っていました。

 

そんな私も、その日は夜に1度だけトイレに行きました。

体育館から離れた職員室に近いトイレです。

そして衝撃を受けたのです。

 

トイレの悲惨な状態に。

 

トイレは水洗トイレでした。

二階のさらに上に水タンクが設置されていたと朧げに記憶しています。
避難所なので水やガスを使い、電気がとまってもなんとかなっていた状況で、安心していました。

トイレも何の問題もなく使えるだろうと。

でも、電気がとまったりタンクの水がなくなったりすれば、結局トイレって流すことはできないんですね。

流せなくてもみんながトイレを使う。

結果、大で溢れ、流されないまま放置され、異臭を残す便器。
しかも、それが数少ない便器の全てに。

そして、二階のトイレも同様でした。

女子トイレであるにも関わらず、老若男女避難住民全ての方が使用してのこの状態に、こっそりトイレに行った私の尿意は完全に消え去りました。

毎日全ての個室を使うこともない、美しいままの状態が常にキープされていたトイレのあまりの変わりよう。

美しく大好きな木造校舎に突如現れたトイレの汚さに、秩序の崩壊に、私はあまりのショックにただ立ち尽くすしかありませんでした。

このときほど、自分のトイレストレスに感謝したときはありませんでした。
強固な意志が尿意すらコントロールできたのですから。

何もできず、無力な自分はそっと職員室に戻りました。

そして、何も起きなかったように朝が来るのを待ちました。

 

次の日、電気が復旧したと同時に全て流され、掃除された美しいトイレの状態に、心底ほっとしたのは言うまでもありません。

あれは悪い夢だったのだ。
悪夢はもう終わった。

そう思いました。

家に帰った私は、その後も、震災直後の〇ネオスのガソリンのぼったくりに憤りを覚えたり、震災後の学校でできる範囲の諸々の行事を経たりして、3月31日、その学校とさよならしました。

そのまま無職となり7月に入ってようやく別の学校に勤務することとなったのです。

 

 

震災の爪痕を残したままのとき無職だった私は、これまた山の上の家で引きこもっておりました。

津波の被害もなく、周りの景観も変わりない様子を窓から眺めながら、また職を失ったことを心のどこかで嘆きつつ、怠惰な時を過ごして震災の記憶も彼方に押しやり、4か月後、震災の痕跡など何もない新しい学校でまたいつものように何事もなく働きだしたのですーー

 

 

思えば、これ以降私のトイレストレスはさらに強固になり、
トイレに対する苦手意識が高まったのだと思います。

 

どんなに近くても、子供の使うトイレには入らず、
どんなに遠くても職員トイレで一番きれいなトイレを選んでいました。

空港のトイレは躊躇なく入れるのに、
小さなお店や古い造りのトイレを避けるようになりました。

教室や廊下の掃除なら苦も無くできるのに、
学校でも、実家の自分しか使わない2階のトイレでも、
掃除をしたくなくなりました。

学校の放課後の見回り当番が回ってくると、
トイレの確認をするのが苦痛でした。

 

仕事に支障はありませんでした。

地震の記憶も、子供達のおかげで
そんなにひどくない思い出として
私の中には残っていました。

この地震で大切な誰かを、
何かを失ったわけでもありません。

 

それでも、私はずっと傷ついていたのです。

傷ついていたのに、
傷ついていたことにも気づかずに
ずっと放置していたのです。

 

これが私の防衛本能のなせる業だったのが、
今ではわかります。

 

あまりに辛いことが許容量を超えれば、
人はそれを意識しなくなるのです。

 

辛いと感じてしまえば立ち上がれなくなる。
立ち上がらなければ進めなくなる。
辛いことなど何もない。
これしきのこと何ともない。

 

震災の前にも、より辛い出来事に幾度となく遭遇し、職を失い、
流れ着いてこの小学校に勤めることになった私にとって、
震災のトイレストレスなど、辛いと思うことがおこがましい。

震災によってもっと辛い思いをしている人達だっているのに、
トイレ如きで傷つくなど何事だ。

 

そんな状況でした。

 

だから、私は記憶をなくす代わりに、
傷ついたという事実をなくしたのでした。

 

意味不明で不可解なトイレ嫌いになることで、
それ以降の自分を守ったのです。

 

 

アリの一歩

わけもなく(という思い込みで)トイレ掃除が嫌だった自分が、
トイレ掃除を習慣化することに成功したのは、
心の土台を整えることに努力してきたからです。

 

なぜトイレ掃除が嫌なのか、
という原因追求ではなく、
まず、どうやったら
トイレ掃除が毎日できるようになるのか
という方法を追求しました。

 

これが功を奏しました。

 

ちもさんの教えである「アリの一歩」という
小さな行動を少しずつ進めることで習慣化を進めました。

教育現場で使われる手法で言うと、
スモールステップです。

心理学者スキナーが提唱した、目標を達成するために達成可能なより小さな課題を設定し、取り組み、段階的に成功体験を積み重ねながら着実に目標へ到達するという達成手法です。

子供にはよく使う指導法であったのに、
自分には全く使っていませんでした。
子供が問題解決できるように使う手段であって、
教師(自分)のためには使わないーーそれが私の固定観念でした。

なんとももったいないことです。

子供は私を信じて素直に従ってくれた場合、
8割以上の子が望ましい結果を出しました。

この成功体験が自分の中にあったので、
私も素直にちもさんの言うことに従って、
スモールステップならぬ「アリの一歩」の習慣化に
取り組むことにしました。

 

そして、絶賛無職中である私の、
自分自身を教育し直す習慣化計画が
スタートしました。

 

トイレ掃除ができるまで

トイレ掃除がしたくない私は、まず、
「トイレ掃除をするということを意識する」
ことから始めました。

私がトイレに行く目的は一つです。

それは「お花を摘む(用を足す)」ということ。

それが終わればトイレに長居する必要はありません。
だから、トイレに入ったとしても、
トイレ掃除をすることは私の目的外なので、
現状掃除をする日は来ないのです、永久に。

掃除をするためだけにトイレに行くなど論外です。(笑)

よって、トイレに入った時、
「自分はトイレ掃除をするのだ」
ということを強く意識する必要がありました。

 

もよおしているからトイレに入るので、
掃除は無論お花を摘んだ後という設定。

掃除をするならどこをするか。

トイレにあるのは、
買って途中で使い切らないまま乾燥しきった
トイレのお掃除シートと
便器を掃除するために買ったのにも関わらず
8年間1度も使わずに便器の奥の隅で埃をかぶったままの
トイレブラシとブラシの収納ケース。

簡単に使えるのはお掃除シートだ

と瞬時に感じた私は、
これを、便座の蓋の上に置くことにしました。

お花を摘むためにはトイレの蓋を開けねばならず、
そのためにはお掃除シートを必ず視界に入れなければならず、
いやが応にもトイレ掃除を意識しなければならない
ということになるのです。

勿論、お掃除シートを目にしたくらいで、
人生の約98%まともに掃除をしたことがない私が
すぐに掃除をできるようにならないのは想定内。

私のアリの一歩はまずトイレ掃除を脳内に意識させることでした。

それで便座拭きや床拭きができればそれに越したことはなく、
万が一ならぬ万が万でできなくても、
トイレに入るたびに、とにかく
「おい、このお掃除シートはいつ使うんだ?」
という無言の圧力を視界にかけるのですから。

次はいつ掃除をするかでした。

掃除を習慣化した人は大体朝にやっています。
今は無職の私ですが、仕事をしていた時は、
帰ってからは夕飯を作る気力もないのですから
確実に夜は無理。
となれば朝であろう。

しかし、朝仕事に行く準備をするのに
掃除などやってられるか状態になるのでは?
と悩みました。

そこでさらにアリの一歩。

今は一日家にいる。トイレにも数回入る。
とすれば、「いつやるか」はまだ決めんでいいだろう。

一日の内、自分が「今ならやってもよくってよ」
という女王様視点になれた時、実行することにしました。
(これもちもさんの教えです(笑))

実際やってみると、
やはり最初はトイレ掃除をすぐする気になれませんでした。

トイレに入ってお掃除シートを目にしても、
よけて蓋を開けてお花を摘む。
お花を摘んで蓋を閉めたら、
またよけておいたお掃除シートを蓋の上に置く。
流して手を洗い、トイレを出る。

意地でもトイレ掃除をしない頑固さが、
当初の自分にはありました。(笑)

ですが、そんな時でも絶対にやってはいけないことは。

できなかった自分にダメ出しをしない。

私は高すぎる理想を掲げ、努力すればできる、
できないのは自分の努力が足りないからだ、
と教わってきた世代です。
やるからには最高の仕事を、最高の結果を出さねばならぬ、
それが当然だと思っていました。

完璧主義です。

しかし、実は「完璧主義」とは
完璧にできることではありません。
完璧を目指す主義なだけです。

私達の多くは「完璧主義」なのではなく、
完璧にやりたい主義」だったのです。

ちもさんの癒しのお片付け講座でそのことに気づかされ、
自分が自分に一番厳しく、優しくなかったのだ
ということを自覚しました。

「理想と違う、できない自分」をありのままに認めて、
この執着を手放そうと決めてから、私は汚部屋を許し、
片付けができない自分を許し、
アリの一歩で少しずつ習慣化に取り組むことが
できるようになったのです。

 

1日の内に1回はトイレ掃除をするといっても、
中身は緩いです。

最初は、カラカラに乾いたウェットシートを濡らすために
流してから手を洗う際に出る手洗い用の水を使っていたのですが、
びちゃびちゃになりすぎて絞るという工程が出てきたので
こりゃダメだ、と却下。

そこで思いついたのは、
使い切っても捨てずに放置されていたスプレーボトルです。
中身は洗ってあったので、
そこにこれまた使い切らずに放置していたクエン酸を溶かした
即席のお掃除スプレーを作り、トイレに常設することにしました。
場所はこれまたすぐ視界に入るところを意識して、
お手拭きタオルをかけるバーのタオルのすぐ横に引っ掛けました。

トイレに入ってお掃除シートをよけて
蓋を開けてお花を摘む。
お花を摘んだら、
蓋の裏側と便座・時々便器内に
クエン酸水をスプレーし、
取り出したお掃除シート1枚で拭く。
シートをひっくり返して適当に床も拭く。
拭き終わったら使ったシートは床に放置。
お掃除シートをまた蓋の上に置く。
流して手を洗い、
ゴミとなったシートを持って
トイレを出る。
ゴミを捨てる。

このルーティンを状況に応じて変えながらやっていくと、
あら不思議。

 

意外とできる。

 

カラカラのお掃除シートがなくなったときは、
ちもさんの「シートを使わずにトイレットペーパーで掃除する
をしてみました。

しかし、トイレットペーパーで拭き掃除をすると、
小さい欠片がぽろぽろでるのが気になるんですよね。

だから、これは自分には合わないんだと断念。

 

では、買いに行くか。

 

無職で絶賛引きこもりの私は
お掃除シートを買うためだけに
買い物に行きたくない。

待て。
確か、推し活で使うためにセットで買った
お手拭き用ウェットシートが余っているではないか。

推し活は暫くない。

どうせまた放置して、これもカラカラになる運命だ。

そうなる前に掃除に使えばいいじゃない。

早速キッチンの収納袋から10枚入りのお手拭きシートを持ってきて
トイレに設置。
使用感はーー何ら変わりなし。不都合なし。

これでお掃除が楽になりました。

トイレ掃除が1日に1回はできるようになって、
やらないと気になって仕方なくなる状態になってから、
次は先延ばしにしていた、
トイレ掃除を一日の内のいつやるか
にとりかかりました。

まずざっくり考えて朝にやるか、
夜にやるかで検討しました。

前にも述べたように夜は却下。

朝にやると決めたならやはり
起きて最初にトイレに行った時だろうと。

例え忘れたとしても、次に取り返しがつくから、
お昼までに終わらせる!
と前よりも短い時間制限をつけました。

 

すでに習慣化がついていた私には、
これはそんなに苦ではありませんでした。
そして、もし忘れたとしても、
思い出した時点でトイレに引き返し、

掃除できるようになりました!

 

現在も、ゆるく朝トイレ掃除は続いています。
これはほぼ習慣化したといってもいいレベルです。

朝一番のトイレ掃除。

終えた後は達成感にすっきりします。

トイレ掃除は開運に繋がるといいますが、
確かに習慣化とトイレ掃除に取り組んでからは
いいことが立て続けに起こっています。

自分に対する言葉がけが優しくなったことも関係しているのか、
「私ばっかり得してるなあ」と思う場面も増えました。

 

千里の道もアリの一歩から

 

朝トイレ掃除を習慣化する前は、
1日の内に1回はトイレ掃除をしたら、
できるだけ手帳に書き込むということも試みました。

日記や家計簿、スケジュールを書くことが三日坊主な私ですが、
無職になってから暇なので、推し活中で買った
化粧品のノベルティとしてもらったまま
使っていなかった推し手帳を使うことにしたのです。

私の部屋は汚部屋ですが、
実は宝の持ち腐れ的なものもたくさん埋もれた
「御部屋」
でもありました。(笑)

 

今まで使わず溜め込んできたものも
使うことができるようになりました。

記録をつけることで、なぜか寝るまでに
何か書き込みたい気持ちに駆られて、
トイレ掃除やしたこと、
食べたものなどを書くようにしたら、
片付けと掃除のモチベーションが上がりました。

 

これって、レコーディングダイエットと同じじゃね?(笑)

 

この記録も、ダメだしせずに、
忘れたら次の日に書くなど、緩くやっています。

三日坊主上等!な気持ちで、三日で終わったら、
次もまた三日坊主をして、それを1セットとして
三日坊主×3セットやる、というような
大らかな考えにシフトチェンジできるようにまでなりました。

頑なで四角四面な私にとってはすごい変化です。

 

完璧にやらなくったっていいんだもん。
完璧にできなくても、
私の価値は下がらないんだ。

思い出せ。

学校の教室の机が汚くても、
子供達は私を愛してくれたじゃん。

完璧じゃない私をいつも助けてくれてたじゃん。

私の授業を楽しいって言ってくれてたじゃん。

私も、完璧じゃない、未熟で、無邪気で、
私に騙されて素直に頑張ってくれちゃう子供達が
大好きだったじゃん。

ありのままの、きちんとできない、ズボラで、
ええかっこしぃの、欠けた私で生きていいんだ。

 

心からそう思えました。

そう思えるようになるまで、
ちもさんと講座の仲間達が
ずっと温かく寄り添ってくれました。
私が習慣化を続けられたのは
紛れもなく彼女達のおかげです。

決して責めず、励まし、
時には一緒に泣いてくれました。
同じ悩みを持つ仲間だったからこそ
温かく、ひたすら優しいコミュニティでした。

 

いつか

 

私の朝トイレ掃除の習慣化は成功しましたが、
これで終わったわけではありません。

まだまだ部屋は片付けないといけません。

でも、この成功体験によって、
私の掃除や片付けに対する嫌悪感や苦手意識は
とても緩くなりました。
まだまだしなければならないことも多いですが、
緩く楽しみながらやっていくつもりです。
またこうしてブログに載せることもたくさんあるので、
無理せず、楽しく書いていこうと思います。

 

最後に。

ちもさんの教えにはアリの一歩の他に、
2つ習慣化のお約束があります。

その3つとは、

  • ダメだしストップ
  • 中途半端上等
  • アリの一歩

です。

できない自分を決して責めない。
完璧にやろうとしない。
ちょっとだけやる。

そして、できた自分を褒めまくる。
「気持ちいい」を感じる。
思いを口に出して言語化する。

それを積み重ねていく。

 

これを読んでくださったみなさんも、
片付けや掃除でなくても、
何かに悩んだり、苦しんでいたりしたら、
ちょっとだけでも取り組んで、
少しでも自分が楽になれるよう
試していただきたいと思っています。

 

小さな一歩が、
やがて長い道のりの果ての目標に行きつくまで。

それでいいのだと。

 

 

Ending Song  Official髭男dism アポトーシス coverd by 早希

※アポトーシスー役目を終えた細胞の静かで美しい死(意訳)

 

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